東京高等裁判所 昭和58年(う)1337号 判決 1984年4月02日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人的場徹、同富永敏文が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官土本武司が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
一 控訴趣意第一(訴訟手続の法令違反)、第二の二(事実誤認及び法令適用の誤り)の主張について。
論旨は、多岐にわたるが、要するに次のようなものである。本件は、三菱石油株式会社(以下三菱石油という。)の従業員である柴崎裕代の職業病問題について、同社がこれまで誠実な対応をせず、被告人、右柴崎その他の者をもつて構成する「三菱石油から職業病をなくすため共に闘う会」(以下「共に闘う会」という。)との団体交渉を拒みつづけてきたので、「共に闘う会」の者らが、右三菱石油の不当労働行為に対し抗議し、同社に対し団体交渉要求の示威運動をする目的で、株式会社三友ビル(以下三友ビルという。)の駐車場へ立ち入つたものであるが、右三友ビルは、三菱石油のダミーで、その争議対策部門にすぎないから、「共に闘う会」の者らが労働争議の相手方である三菱石油の駐車場へ立ち入つたのとなんら異ならず、被告人ら「共に闘う会」の者の本件行為は、正当な争議行為であり、刑法三五条の正当行為として刑事免責の適用がある。
しかるに、検察官は、右争議行為の一方当事者である「共に闘う会」の側にのみ刑事責任を追及し、「共に闘う会」の労働基本権を侵害して差別的に本件公訴を提起したものであるから、本件控訴は憲法一四条、二八条に違背する違憲無効なもので、直ちに公訴を棄却されるべきである。
ところが、原判決は、本件公訴を棄却しなかつた点において訴訟手続の法令違反を犯すとともに、以上の諸点について数々の事実誤認を犯し、かつ刑法三五条の適用を誤つて、被告人を有罪としたものであるから、破棄を免れない。
以上のようにいう。
そこで、原審記録及び証拠物を精査して検討してみると、以下のとおりである。
(一) 原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が「罪となるべき事実」及び「弁護人の主張に対する判断」二の項において判示する、本件犯行並びにこれに付随する諸状況についての諸事実は、いずれも優にこれを肯認することができる。
すなわち、前掲証拠によれば、被告人は、原判示の経緯、目的で、原判示の日時ころ、「共に闘う会」の者ら十数名を率いて、三友ビル代表取締役後藤克己の看守する三友ビル本館及び同別館に付属した囲繞地である本件駐車場(三友ビル専用駐車場)前に至り、同駐車場入口において外開きの左右鉄扉の鉄柵の間から手をさし入れて同鉄扉の内側に掛けられていたかんぬきをはずし、同駐車場内にいた三友ビル業務部警備課課長代理篠原英雄及び同人の後から同駐車場内に入つた三友ビル常務取締役本告善成に対し同駐車場内への立入りを要求し、同人らにこれを拒絶されるや、「共に闘う会」の者ら十数名と暗黙のうちに意思相通じて共謀のうえ、本告らが鉄扉を押えて侵入を阻止しているのに、無理矢理これを内側に押し開き、そのため前記鉄扉の片側の端の溶接部分がもぎとれて扉が地上に落ち(修理費七万五千円)、その際篠原に対し加療約一週間を要する左上腕部打撲症を負わせ(所論は、右篠原は、本件の際受傷したものであるかどうか疑わしいと主張するけれども、同人の原審証言等によれば、前記のとおり認めることができる。)、更に、本告らが両手を広げるなどして被告人らの本件駐車場への侵入を阻止しようとするや、これも払いのけるなどして右駐車場へ強引に侵入したこと、以上の事実を認めるに十分である。
(二) そして、かりに、本件駐車場の所有、管理者である三友ビルが、その実質において、被告人ら「共に闘う会」の相手方である三菱石油とほぼ同一視しうる存在であるとしても、前記のような手段、方法、態様による本件駐車場への立入り、すなわち多数の者が糾合し、閉鎖されていた鉄扉を破損し、看守者側の者に傷害を負わせるようなしかたで無理矢理実力をもつて場内へ侵入する行為は、団体交渉要求行動として社会通念上許容される限度を明らかに逸脱したものといわざるをえず、被告人ら「共に闘う会」の者の本件行為を刑法三五条の正当行為と解する余地はない。
(三) したがつて、被告人ら「共に闘う会」の者の行為が正当行為であることを前提として種々立論する所論は、いずれも採用できず、原判決に所論の誤りは認められない。
論旨は理由がない。
二 控訴趣意第二の一(事実誤認、法令適用の誤り)の主張について。
論旨は、要するに、原判決は、本件駐車場が三友ビル本館及び別館各建物の利用から独立した機能を有し、鉄扉をはじめとする囲障も右駐車場のため設けられたものであることを看過し、判例により認められた「建造物」の範囲に含まれる囲繞地の解釈を誤り、本件駐車場を右各建物の囲繞地と認めたものであるから、原判決には事実誤認、法令適用の誤りがあるというのである。
しかしながら、原判決が「弁護人の主張に対する判断」一の項において説示するところは、事実認定及び法的判断を含めすべて正当としてこれを是認することができ、本件駐車場が、刑法一三〇条にいう「建造物」の範囲に含まれる囲繞地に該当することは明らかで、原判決に所論の誤りがあるとは認められない。
なお、若干付言すると、関係証拠によれば、本件駐車場のある土地部分は、駐車場として利用されるとともに、原判決が「弁護人の主張に対する判断」一の項において説示するように、直接三友ビル本館及び別館各建物の利用に供されていることを認めるに十分であるばかりでなく、右駐車場は一般に開放されたものではなく、三友ビル本館の大部分を賃借している三菱石油の社有車及び同ビル本館並びに別館への来訪者の専用駐車場であつて、右駐車場自体三友ビル本館及び別館各建物の利用のための施設であり、右各建物の利用と不可分に結びついた利用目的を有し、右駐車場の土地部分が、駐車場として利用されていることと、前記各建物の利用に供されていることとは互いに矛盾するものではなく、鉄扉その他本件駐車場の周囲にめぐらされた囲障が、もつぱら駐車場のために設けられた施設であると言えないことも明らかである。
なお、所論は、三友ビル別館は本件駐車場の管理運営のための建物であるから、その付属地は右建物の囲繞地ではないと主張するけれども、関係証拠によれば、右別館の二、三階は三友ビルの事務所として使用されているところ、三友ビルは本件駐車場の管理、運営のみを目的とする会社ではないことが認められ、所論は、その前提において採用できないが、たとえ駐車場の管理、運営のみを目的とした構造物であつても、それが建造物である以上、その付属地を該建造物の範囲に含まれる囲繞地と認めるのになんら妨げとはならない、というべきである。
論旨は理由がない。
三 その他多岐にわたる論旨を逐一、十分検討してみても、原判決に所論の誤りがあるとは認められない。
よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。